「美しい矛盾」を持つ日本で解決すべき問題とは?Nouslib創業者インタビュー

公開日: 15/02/2025

Un couple qui s'est rencontré sur Noulib se donne la main

15〜39歳の既婚者男女を対象にした調査で、4人に1人がマッチング(オンラインデーティング)アプリを通じて出会ったと回答するなど日本でも急速にマッチングアプリが浸透しています。そうした中で、日本でマガジンを立ち上げたフランス発のオンラインデーティングアプリ「Nouslib(ヌーリブ)」。創業者のアラン・ベントはどのような人物なのでしょうか。日本において「セクシュアリティ」を議論する価値観を浸透させようと考えるフランス人若手起業家を紹介します。

学生時代からマッチングアプリ事業に従事

創業者のアラン・ベントは学生だった2014年、当時、フランスの若者の間で最も人気があったマッチングサイト企業にインターンとして関わります。これがキャリアのスタートでした。日本でも2012年〜2014年はペアーズやタップル、ウィズといった「マッチングアプリ3強」が誕生した時代でした。

「当時、ヨーロッパではデーティングサイトがまだ人気で、同時にデーティングアプリ(マッチングアプリ)が登場し始めた時期でもありました。このインターンシップは私のキャリア目標と視点を大きく変えました。大企業でルールに縛られるよりも、小規模でダイナミックなデジタル企業で働き、オフラインビジネスの100倍の人々にリーチできる可能性がある場所に身を置くべきだと考えるようになったのです」

この最初の経験を通じて、ベントは、オンラインデーティング業界がまだ黎明期にあり、アプリの普及とともに大きく成長するだろうと感じたといいます。

学生だったベントは、「業界が成長する」との予想と、この業界に賭けたいと感じた自身のキャリアビジョンが実際に正しいかを確認しようと、まずはトレンドやビジネス全体を俯瞰するためにフランス最大手の広告代理店や銀行で働きます。そして、再びインターンをしていたデーティングスタートアップに戻り、ブラジル市場担当のカントリーマネージャーとして勤務しました。

ブラジルでの成果をあげたことで、イタリアやポーランド、スペインなど数カ国の欧州地域を任されるようになります。その中で欧州での恋愛事情やビジネスに関して知見を深めました。その後、27歳の時点でフランスと国際市場統括のマーケティングディレクターに就任し、年商約2800万ユーロを超えるチームを率いるなど事業を牽引しました。

順調に事業を成長させていた一方、この経験の中で、アラン・ベントは「既存のデーティングアプリに満足していない人々が多い」ことに気づきます。

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ユーザーは「恋愛」だけを求めているのではない

フランスでも日本と同様に多くの人が出会いを求めてアプリを利用し、テレビCMや公共交通の広告にも頻繁に掲示されています。さらに日本の若さが売りのイメージとは異なり、60〜70代など幅広い世代のほか、LGBTQ+といった多様な人々に利用されているのが特徴でしょう。

その一方で、ベントによると、フランスを含めた欧州のデーティング市場はすでに飽和状態にあると言います。10年前は急速に成長していた市場も現在はほとんど停滞しているようです。

それに加え、毎年何千もの新しいアプリがリリースされていますが、ほとんどが同じアプローチや機能を提供しているため、ユーザーの不満や「デーティング疲れ」と呼ばれる現象が起こっているというのです。

その要因として、既存のサービスは全て「恋愛」というニーズにしか応えていなかったことが要因だとベントは指摘します。ユーザーの中には必ずしも恋愛を求めていない人も多いそうです。

特にベントが勤務していた「AdopteUnMec」は、真剣な交際やロマンスに焦点を当てたプラットフォームでした。しかし、利用者の人の中には恋愛を煩わしいものと考えていた人も多かったと言います。

そうした人々が求めていたのが、「セクシュアリティの探求」です。

フランスでは、NousLibの前身である「NousLibertins」のようなカジュアルなデーティングサイトがいくつかありましたが、そのコンセプトはあまり洗練されておらず、人々のセクシュアリティに対する不満も高まっていました。その不満は性愛をめぐる人間関係の新しい形への欲求とも言えるものでした。

「例えば、オープンリレーションシップや「アムール・リーブル(自由恋愛)」のような新しい愛の形が日常の会話で広がっていましたが、デーティングアプリは依然としてこうした変化を無視し、従来の伝統的な関係を促進していました」>

日本でもカジュアルデーティングサイトは露骨に性的に強調されすぎている面がありますが、それはフランスでも同様だったようです。そこから「セクシュアルエデュケーションを推進し、人々が自分の欲望を持つことが自然であり、それを他者と尊重し合いながら楽しむことができると伝えるプラットフォームがなぜ存在しないのか」という疑問を持ち始めました。

こうした経験を経て、ベントは「AdopteUnMec」を退職し、フランスのカジュアルデーティングサイトのCOOに就任。その後、オーストリアのプライベートエクイティの支援を受けて、そのサイトを買収し、CEOになりました。これが、誰もが偏見や判断を恐れることなく、自由に自分を表現できる新しいデーティングプラットフォーム「NousLib.com」の誕生につながったのです。

日本の「矛盾」を解決する

NouslibのCEOに就任したベントは、人々が自然に欲求を持つことが自然となる世界をフランスの外にも広げようと考えます。すでにベルギーやオランダなどに展開しているNouslibが次に社会を変革しようと望んだのが日本です。

世界中を旅してきたというベント氏は、「日本ほど美しい矛盾を合わせ持つ国は他にない」と言います。「伝統文化がテクノロジーやモダンさと見事に共存し、大都市の速いペースで忙しい生活も、少し歩けば、古い小さな寺院に出会うことで一気に静かな雰囲気に変わる」ことは非常に魅力的だと評価します。

一方で日本には解決すべき「矛盾」もあるようです。

その矛盾とは「性的なコンテンツが強く消費されているにもかかわらず、セクシュアリティに関するオープンな議論や健全な対話がほとんど行われていない」ことです。

「日本には大規模な成人向けエンターテインメント産業が存在し、セクシュアリティが人々にとって重要であることが明らかです。では、なぜそれについて話し合わないのでしょうか?なぜ、感情や欲望を抑え込んでしまうのか、それを議論することができないのでしょうか?」>

日本では、まだ男性にしろ、女性にしろ、性的な話題を友人や知人はもちろん、家族とでも話し合うことは憚られる世の中です。

しかし、その一方で日本のアダルトコンテンツは世界を席巻しています。性を楽しむ産業が発達しているのに、議論は憚られるという矛盾は、私たちがより良い生活を送るための障害になっているのではないでしょうか。

こうした矛盾によって、日本ではパパ活や売買春などで性が金銭的な対価としての側面でしか捉えられないようになっているのかもしれません。

ベントは日本でも性に関して議論の素地を作ることで、私たちがよりよく生きるための社会を構築することを目指しているのです。

社会はルールを押し付ける

しかし、性的なテーマを日本で発信すると、おそらくは何かしらの反発が起こることでしょう。「ふしだら」で「破廉恥」で「男なのに、女なのに」、「みっともない」といったことです。

なぜ、性をテーマにすることは「ふしだら」で「みっともない」のでしょうか。

ベントはセクシュアリティで悩む経験は「誰にでもある」ことだと言います。これは個々人が悪いのではなく「社会は私たちにルールを押し付け、私たちを従来の枠にはめ込もうとしている」結果だと指摘します。その結果、大人になるにつれて、何が性的に正しくて何が間違っているのかについて、偏見や固定観念を抱くようになってしまうのでしょう。

そして、私たちはある時点で他者の目や自分自身の批判を恐れて、表現したり話したりすることにためらいを感じるようになってしまうのです。

実際に、ベントは「ほとんどのデーティングアプリは、社会的な規範や道徳的な期待に沿うようにデザインされている」といいます。そのため、ユーザーの多くが自身が本来持っているであろう「本当の意図」や「欲望」をオープンに共有することに対して、恥ずかしさやためらいを感じている現状が生まれてしまっているのかもしれません。ベントやNouslibはこうした状況を変えるべきだと考えているのです。

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日本で重要な議論を

「日本では今、フェミニズムや女性のセクシュアリティ、オープンリレーションシップなど、これまで議論されてこなかったテーマがようやく注目を集め始めています。NousLibは、このような文脈の中で、日本社会に対して意義深い貢献ができると考えています。それは、伝統的な境界を打ち破るだけでなく、これまで歴史的にあまり探求されてこなかった重要な議論を引き起こすことです。」>

上記のように、ベントは日本において、まずは対話を始めることが重要だと指摘します。NousLibは、性の自由を提唱し、特に伝統的で家父長的な価値観が根強く残る日本社会において、女性のエンパワーメントを推進する手助けをすることを目指します。性のタブーを打ち破るブランドを日本で確立することは、簡単なことではないでしょうが、もし成功すれば、それは力強いメッセージを送ることになるでしょう。

もちろん、Nouslibは日本のオンラインデーティング市場自体にも魅力を感じていることは確かです。

日本市場は目覚ましい成長を遂げており、2023年には、業界全体で約4億3700万ドルの収益を生み出し、2027年までに年平均成長率4.77%が見込まれています。日本の一人当たりの平均収益(ARPU)は現在13.28ドルで、韓国や台湾などの他のアジア市場を上回っていますが、中国などの主要市場にはまだ及んでいません。これらの数字は、日本が今後成長する可能性が非常に高い市場であることを示しています。

欧州では「デーティング疲れ」が叫ばれていることを前述しましたが、そうした中でもNouslibは驚異的な成長を記録しています。それはNouslibのコンセプトがユーザーの求めているものと合致しているからでしょう。

Nouslibはオープンマインドのコミュニティであり、新しい愛やセクシュアリティの探求に熱心な人々が集まっていることが認められた結果と言えそうです。

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タブー視されているセクシュアリティの議論を

ベントは今後、セクシュアリティに関連するすべての分野、特にポジティブで教育的な形でそれを促進する分野が大きな成長を遂げると考えています。

セクシュアリティが私たちの基本的なニーズの一部であることを社会が認識し始めることで、タブー視することや抵抗感は徐々になくなっていくのではないでしょうか。

充実した性生活は日常生活に喜びをもたらし、キャリアや全体的な幸福にも良い影響を与えます。それを恥じる必要はありません。ベントは健全でオープンなセクシュアリティに関する会話を受け入れる世の中を作り、より寛容で啓発された社会を目指しています。

Nouslibは日本での議論を発展させるため、まずはNouslibMagの発刊を日本で始めます。フランス本国の記事の翻訳や日本オリジナル記事を配信していく予定です。タブー視されているセクシュアリティに関して、読者の皆様と議論を深め、人々がより自然に楽しめる場づくりを追求していきます。


自由恋愛

「自由恋愛」は、より「自由」な性の関係を意味します。従来の法律や倫理観に縛られることなく、複数者間の恋愛や性、性的嗜好などに正直であろうとする考え方であり、姿勢です。様々な価値観が認められる現在において、注目される「自由恋愛」について解説します。